

今日は、奈良時代に活やくした「行基さん」についてお話しします。
行基って聞いたことある?
うーん、あまり聞いたことないです。
お坊さんってことは知ってるけど、何をした人なの?
いい質問だね!行基さんは、奈良時代に活躍したお坊さんで、いろんな人たちを助けるためにたくさんのことをしたんだよ。たとえば、どんな人を助けたと思う?
えーと、お金がない人とか?
そのとおり!当時は、農民や貧しい人たちがとても大変な思いをして生活していたんだけど、行基さんはそういう人たちのために池や橋、道路やお寺を作ったんだ。
え!? お坊さんなのに工事までしてたの?
そうなんだよ!しかも、行基さんは一人でやったわけじゃなくて、いろんな人に「みんなで助け合おう」って呼びかけて、協力して作ったんだ。
すごいなあ。でも、どうしてそんなに人気があったの?
それはね、人のために働いていたからなんだ。だから、たくさんの人が行基さんの考え方に共感して、集まってきたんだよ。最後には、天皇からも「すごい!」って言われて、大仏をつくるときにも手伝ったんだ。
え! 奈良の大仏?
そう!東大寺の大仏を作るためにも、行基さんは人を集めたり、材料を運んだりして、大活躍したんだよ。
行基さんって、ただのお坊さんじゃなくて、スーパーヒーローみたいだね!
ほんとだね。今でも、行基さんの像が奈良の駅前に立っているくらい、たくさんの人に尊敬されているんだよ。
行基が生きていたのは、奈良時代です。
今から1300年くらい前のことで、奈良の平城京という場所が日本の都だったころです。
このころの人たちは、田んぼを作ってお米を育てながら生活していました。
でも、今のように道も少なく、川に橋もなかったから、遠くへ行くのが大変だったんです。
また、病気や水不足、貧しさで困っている人もたくさんいました。
奈良時代は、仏教という教えが広まり、国が「お寺をたくさん作って、仏さまの力で国を守ろう!」と考えていました。
だから、大きなお寺や仏像をたくさん作っていたんです。
たとえば、あの有名な東大寺の大仏もこの時代につくられました。
そんな中で、行基というお坊さんがあらわれて、「困っている人を助けたい!」という思いから、池・橋・道・お寺などをみんなと協力して作ったんです。
ふつうの人たちを大事にした行基の考え方は、当時ではとてもめずらしく、たくさんの人に感動をあたえたんですよ。
昔は、水をためる池が少なくて、雨がふらないとお米が育たず、人々はとても困っていました。
そんな中、行基は「農民たちを助けたい!」と思い、ため池を作る工事を始めました。
でも、池を作るにはたくさんの人手やお金が必要。行基は、みんなに「困っている人のために手伝ってください」と呼びかけ、たくさんの人を集めて池を完成させました。
この池のひとつが「狭山池(さやまいけ)」。
今でも大阪に残っていて、日本で最も古い人工の池のひとつといわれています!
行基が人々のためにがんばっていることは、ついに天皇にも伝わります。
はじめは、国のきまりをやぶって人を集めていたため、役人ににらまれていた行基ですが…
「あれ? 行基ってすごい人なんじゃない?」と天皇も考えるようになり、とうとう――
「行基よ、大仏づくりを手伝ってくれ!」
と、正式に国の仕事にえらばれたんです。
それで行基は、大仏をつくるために、全国を回ってお金や材料を集める役目をはたしました。
この大仏とは、奈良の東大寺の大仏です!
行基が説法をすると、何百人、時には千人以上の人が集まりました。
説法(せっぽう:仏さまの教えを話すこと)
それを見た役人たちはびっくり!
でも、行基がしているのは、人をだますことではなく、「みんなが幸せに生きられる方法」を教えているとわかり、しだいに国の人たちも協力するようになったんです。
というように、「人のために生きたお坊さん」として、今も語りつがれています。
気になったら、ぜひ奈良の「行基像」も見に行ってみてね!

