


小学6年生の歴史の授業で、鎌倉時代(かまくらじだい)に入ると「六波羅探題(ろくはらたんだい)」という、とても難しくて長い名前の言葉が出てきますよね。
「なんだかかっこいい名前だけど、いったい何をする場所なの?」「テストに出るって言われたけど、よくわからない…」と悩んでいる小学生も多いのではないでしょうか。
この記事では、六波羅探題が作られた理由やその仕事内容を、現代の仕事に例えてわかりやすく簡単解説します!
さらに、歴史の宿題やテスト勉強で絶対に役立つ「調べ学習のまとめ方3つのコツ」も紹介しています。この記事を読めば、歴史が苦手な人も鎌倉時代の大きな流れがわかるようになりますよ!
まずは、「いつ、だれが、何のために作ったのか」という基本中の基本から見ていきましょう。
六波羅探題が作られたのは、今から約800年前の鎌倉時代(かまくらじだい)です。
当時の日本の政治を行っていた「鎌倉幕府」という武士(サムライ)のグループが、京都に作った大きな役所(オフィス)のことです。
「六波羅探題」というむずかしそうな名前は、2つの言葉が合体してできています。
| 六波羅(ろくはら) | 京都にある地名のこと。もともと平清盛(たいらの きよもり)など、平氏(へいし)のお屋敷がたくさんあった場所です。 |
|---|---|
| 探題(たんだい) | 幕府の仕事をする「とても偉い役職(リーダー)」のこと。 |
つまり、「京都の六波羅という場所に作られた、幕府の偉いリーダーがいる役所」という意味です。
六波羅探題の仕事を現代の職業に例えると、「京都の大きな警察署」と「幕府のスパイ(監視カメラ)」の2つの役割を合わせたようなものです。
鎌倉幕府のトップである将軍や執権(しっけん)は、遠く離れた神奈川県の「鎌倉」に住んでいました。そこで、「京都で何か悪いことが起きないか見張っておくために、自分たちの代わりになる強い役所を京都に置こう!」と考えて作られたのが六波羅探題なのです。
では、なぜ幕府はわざわざ京都に「監視カメラ」のような役所を作らなければならなかったのでしょうか。そこには、歴史の教科書に必ず載っているある大事件が関係しています。
鎌倉幕府ができてからしばらくすると、京都にいる朝廷(ちょうてい:天皇や上皇のグループ)のトップだった後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)が、「武士ばかりが政治でいばっていて気に食わない!もう一度、天皇中心の世の中を取り戻すぞ!」と怒り、幕府を倒すために反乱を起こしました。
これを「承久の乱(じょうきゅうのらん)」と言います(1221年)。
「上皇さまが相手では、さすがに勝てないかも…」とビビってしまった鎌倉の武士たちでしたが、ここで立ち上がったのが源頼朝の妻、北条政子(ほうじょう まさこ)です。
政子は、「頼朝様からいただいたご恩は、山よりも高く海よりも深いはずです!」と涙ながらに演説をしました。これで気合が入った幕府の軍隊は、見事に後鳥羽上皇の軍隊を打ち破り、承久の乱に大勝利したのです。
戦いに勝った幕府でしたが、「今回みたいに、また京都で反乱を起こされたら困るぞ…」と心配になりました。鎌倉から京都までは歩いて何日もかかるため、反乱が起きてから軍隊を派遣していては遅いのです。
そこで、「二度と反乱が起きないように、京都をしっかり見張るための役所を作ろう!」と決めて設置したのが「六波羅探題」だったというわけです。
承久の乱のあとに作られた六波羅探題には、大きく分けて「3つの大切な役割」がありました。
一番の目的は、もちろん朝廷の監視です。「誰が幕府の悪口を言っているか」「コソコソと反乱の計画を立てていないか」など、京都にいる天皇や貴族たちの動きに目を光らせていました。
日本の中心であった京都には、たくさんの人が住んでいて、泥棒や悪いことをする人もいました。六波羅探題は、京都の町をパトロールして治安を守り、悪い武士がいれば裁判(さいばん)をして罰を与える警察や裁判所のような仕事もしていました。
鎌倉幕府の力は、もともと東日本(関東地方)の武士たちには強く働いていましたが、西日本にはあまり届いていませんでした。そこで六波羅探題が、西日本にいる武士たちをまとめ、命令を伝えるための「幕府の西日本支社」のような役割も果たしました。
六波羅探題のヒミツがわかったら、それを歴史のノートや調べ学習のレポートにまとめてみましょう。テスト勉強にも役立つ3つのコツを紹介します!
歴史のテストで一番よく出るのは、言葉の意味そのものよりも「出来事の順番」です。
ノートの真ん中に「承久の乱で幕府が勝った! ⇒ だから京都を監視するために『六波羅探題』を作った」と、矢印(⇒)でつないで大きく書いておきましょう。この2つは絶対に切り離せないセットだと覚えるのがポイントです。
調べ学習のレポートには、日本地図(本州の部分だけでOK)を簡単なイラストで描いてみましょう。
「鎌倉(神奈川県)」と「京都」の場所に丸印をつけて、「幕府がある鎌倉から、朝廷がある京都まではとても遠い。だから京都に出張所(六波羅探題)が必要だったんだ!」と書き込むと、先生もびっくりのハイレベルなノートになります。
教科書をそのまま写すのはやめて、自分がわかったことを自分の言葉で書いてみましょう。
「私が幕府のリーダーだったら、また天皇に反乱を起こされるのが怖いから、京都に監視カメラ(六波羅探題)を置いて安心したかったんだと思います。」
このように、自分が歴史上の人物になったつもりで感想を書くと、歴史の勉強がもっと楽しくなりますよ。
むずかしくて長い名前の「六波羅探題」ですが、どんな役割だったかイメージできましたか?
| いつ作られた? | 「承久の乱」で幕府が勝利したあと |
|---|---|
| どこに作られた? | 京都の「六波羅」という場所 |
| 何のために? | 朝廷(天皇や上皇)が反乱を起こさないように監視するため |
この3つのポイントさえ押さえておけば、小学校の歴史の授業もテストもバッチリです!
今回紹介した「日本地図を描く」などのまとめ方のコツを使って、あなただけのわかりやすい歴史ノートを作ってみてくださいね。